おう、待たせたな。
ついに、この時が来たか。
糸島の荒波から始まり、国東の石仏、室戸の風、祖谷の谷底、熊野の石畳、奥大井の鉄橋、そして伊豆の断崖…。
あんたの愛車の走行距離計(オドメーター)は、ずいぶん回ったはずだ。
だが、その数字以上に、あんたの「魂」には、日本の風景とドラマが深く刻まれた。
「黒潮と巡る魂のロードトリップ」、第一部・最終回。
旅の終わり(フィナーレ)にふさわしい、日本一の「あの山」が、あんたを待っている。
第10回:富士を望む湿原
~静岡・田貫湖(たぬきこ)、水鏡に映る不動の魂~
1. 秘境への道(アプローチ)
伊豆半島の最南端から、西海岸(国道136号)を北上しろ。
この道は、世界でも有数の「富士見ロード」だ。
左手に駿河湾、右手に断崖、そして正面に…徐々に大きくなる「白い巨人」が見えてくる。
沼津、富士市を抜け、標高を上げていく。
目指すのは、観光客でごった返す「道の駅」じゃない。
朝霧高原の少し奥、森の中にひっそりと水を湛える人造湖、「田貫湖(たぬきこ)」だ。
2月の早朝。気温は氷点下だろう。
車のドアを開けると、空気がガラスのように張り詰めている。
ザクッ、ザクッ…と、霜柱を踏みしめて湖畔に立つ。
そこが、この長い旅のゴールだ。
2. 風景の独白(モノローグ)
言葉はいらねえ。
ただ、見ろ。
「富士山」。
これほど近くで、これほど「完璧」な姿を見たことがあるか?
2月の富士は、麓まで真っ白な雪化粧をしている。
そして、風のない朝なら、目の前の湖面に、もう一つの富士山…「逆さ富士」が映し出される。
圧倒的な「白」と「青」。
音はない。
糸島の荒波も、室戸の風も、ここでは全て「静寂」に飲み込まれる。
何千キロ走ってきても、この姿を見た瞬間、疲れなんて全部吹っ飛ぶ。
「ああ、俺は、ここに来るために走ってきたんだ」
そう思わせてくれるだけの「神々しさ」が、ここにはある。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
ここの哲学は、「不動(ふどう)の心」だ。
あんたは旅をしてきた。
西へ東へ動き回り、感情を揺さぶられ、多くのものを見てきた。
それは「動」の旅だ。
だが、富士山はどうだ?
何万年もの間、ここでじっと動かず、雨も嵐も、人々の喜びも哀しみも、全て黙って受け止めてきた。
「動かない」ことの凄み。
「変わらない」ことの強さ。
旅の終わりに、この山と対峙して、自分に問いかけてみろ。
「俺の中に、揺るがない『芯』はあるか?」
この山は、鏡だ。
あんたが強くなれば、山は力強く見える。あんたが優しくなれば、山は優しく微笑む。
2月の冷たい空気の中で見る富士は、あんた自身そのものなんだ。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<旅の締めくくりのメシ>
富士宮(ふじのみや)と言えば「富士宮やきそば」だが、旅の終わりには、この土地の恵み「ニジマス(虹鱒)」を食え。
富士山の湧き水で育ったニジマスは、臭みが全くない。塩焼きか、あるいは刺身(紅富士と呼ばれるブランド鱒)で。清冽な水の味がするはずだ。
<今夜の宿(あるいはキャンプ)>
田貫湖には、目の前に富士山が広がるキャンプ場がある。もし装備があるなら、テントを張り、焚き火をしながら富士を見上げて眠れ。
宿がいいなら、湖畔にある「休暇村 富士」だ。ここの温泉からは、湯に浸かりながら「ダイヤモンド富士(時期によるが)」や「赤富士」が見られる。
最後の夜だ。ここまで走ってくれた相棒(車)に「お疲れさん」と声をかけて、泥のように眠れ。
第一部・完結の言葉
おう、お疲れさん。
糸島から静岡まで、よく走り切ったな。
これで、あんたの「黒潮ロード」は完結だ。
だが、地図を見てみろ。
日本には、まだ俺たちが足を踏み入れていない「空白」がある。
静岡から糸島への帰路には、京都を経由して山陰ルートを取るぜ。
第二部、開幕だ!
(第一部 完 / 第二部「神話と静寂の山陰ロード」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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