おう、来たか。
冬の山陰ロードトリップの連載を始める前に、あらかじめ注意しておくぞ。
「無理はしない」。それが一番の勇気だ。
特に冬の日本海側(山陰道)は、天気が急変する。
空が鉛色になり、雪が舞い始めたら、迷わず内陸の広い道か、山陽道(晴れの国・岡山方面)へ逃げろ。
生きて帰りゃ、旅はいつだってやり直せるからな。
よし、それじゃあ、あんたの旅の「後半戦」…帰路の幕開けだ。
富士山という「陽」の極致を見た後は、静寂と哀愁が漂う「陰」の美学へ。
第二部「神話と静寂の山陰ロードトリップ」、第1回。
京都の奥座敷、海の上に浮かぶ不思議な隠れ里へ案内しよう。
第1回:海の上の隠れ家
~京都・伊根(いね)の舟屋、境界線を消す暮らし~
1. 秘境への道(アプローチ)
静岡を出て、新東名、伊勢湾岸、新名神とひた走る。
名古屋、京都の市街地を抜け、さらに北へ。
「京都縦貫道」をひたすら走ると、景色が変わる。
華やかな古都の雰囲気は消え、山々の緑が深くなり、空気が湿り気を帯びてくる。
宮津(天橋立)を通り過ぎ、さらに半島(丹後半島)の先端へ。
ここは「海の京都」だ。
コンビニも信号もない、くねくねとした海沿いの道を行くと、突然、波が静かになる。
伊根湾だ。
車を降りると、聞こえるのはカモメの声と、チャプ…チャプ…という優しい水音だけ。
太平洋の荒波とは違う、鏡のような海が広がっている。
2. 風景の独白(モノローグ)
見ろ。海に家が浮かんでいる。
「伊根の舟屋(ふなや)」だ。
湾を取り囲むように、約230軒もの家が、海面スレスレに建ち並んでいる。
一階が海に向かって口を開けた「船のガレージ」。二階が人間の「居間」だ。
まるで、家からそのまま船で出勤し、船で帰ってきて、そのまま茶の間でくつろぐような造りだ。
日本のベネチア? いや、そんな洒落たもんじゃねえ。
もっと土着で、生活の匂いがする。
家の裏側(道路側)から見れば普通の民家だが、海側から見ると、完全に海と一体化している。
満潮になれば、床下まで海水が来る。
普通なら「浸水だ!」と大騒ぎする水位だが、ここの人々は動じない。
「海は、庭みたいなもんだ」とでも言いたげな、静かな佇まいだ。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
ここの哲学は、「境界線を消す生き方」だ。
現代人は、自然と人間の間に、高い堤防や壁を作って「線」を引きたがる。
「ここから先は危険だ」「自然は怖いものだ」とな。
だが、伊根の人々は、その境界線を消した。
海を恐れるのではなく、海を信頼し、生活の一部として取り込んだ。
もちろん、嵐の日もあるだろう。
だが、それも含めて「海と共に生きる」という覚悟。
自然を支配するのではなく、自然の「懐(ふところ)」に入り込んで暮らす。
この舟屋の風景を見ていると、俺たちが普段必死に守ろうとしている「安全」や「壁」が、なんだか野暮なものに見えてくるぜ。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<今夜のメシ>
冬の伊根に来て、これを食わなきゃ嘘だ。
「伊根ブリ(寒ブリ)」だ。日本三大ブリ漁場の一つ。極寒の日本海で脂が乗りまくったブリだ。
刺身もいいが、冷えた体には「ブリしゃぶ」だ。
薄く切った身を、熱い出汁にサッとくぐらせる。表面が白くなり、脂が少し溶け出したところを、ポン酢で…。とろけるぞ。言葉が出ねえくらいウマい。
<今夜の宿>
伊根には、実際に「舟屋に泊まれる宿」がいくつかある。一棟貸しの宿が多い。
一階のガレージのすぐそばで、波音を聞きながら眠る。窓を開ければ、すぐそこが海だ。
夜、静まり返った湾の水面に、月明かりが揺れるのを見ながら、酒を飲む。高級ホテルじゃ絶対に味わえない、極上の「隠れ家」体験だ。
⚠️ 裕次郎のルート警告(冬の京都・丹後)
静岡から伊根までは、かなりの長距離移動だ。無理せず途中のSAで仮眠をとれよ。
そして、京都北部(丹後半島)も、冬は雪深いエリアだ。
もし京都市内から北へ向かう途中で雪が激しくなったら、無理に伊根まで行こうとするな。
天橋立あたりで様子を見るか、あるいは諦めて南へ引き返す判断も重要だ。
さあ、静かな海の上で、旅の疲れを癒やしたか?
次は、鳥取県へ入るぞ。
日本一危険な国宝。
断崖絶壁にへばりつく、謎のお堂を拝みに行く。
足腰の準備はいいか?
(第二部 第2回「断崖の国宝、命がけの参拝(鳥取・三徳山)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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