おう、待ってたぜ。
さあ、日本の港の「情」も「哀」も、しっかり胸に刻んだな。
だが、今度の港は、そんな「しっとり」した感傷に浸るヒマはねえぞ。
錨を上げろ! ジブラルタル海峡を抜け、俺たちの船は地中海に入る。
太陽は眩しいが、風はどこか生臭い。
「裕次郎と巡る世界の港」、第三夜。
フランスだが、パリとはまったく違う顔を持つ、あの「無法地帯」だ。
🚢 第3回:地中海の無法地帯
~マルセイユ、混沌(カオス)に生きる男たち~
1. 入港 ~今夜の汽笛は、何を語る~
地中海の太陽が、ヨットのデッキに容赦なく照りつける。
青い、青い海だ。
だが、港に近づくにつれて、空気が変わる。
潮の匂いに混じって、スパイスと、魚のハラワタと、そして…どこか「危険な匂い」がする。
マルセイユ。
ここは、フランス「最古」の港であり、フランス「最大」の港だ。
丘の上には「ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院」が、まるで船乗りたちを見守る「聖母」のように立っている。
だがな、聖母の足元に広がっているのは、そんな「祈り」だけじゃ生きていけねえ、むき出しの「欲望」が渦巻く街だ。
神戸が「ジャズ」なら、マルセイユは「ナイフ」の匂いがする。
ロマンチックだが、命がけだ。
2. 錨を下ろして ~その港が背負うドラマ~
ここは「フランス」だが、パリの連中が思う「フランス」じゃない。
昔から、地中海を通じて、イタリア、スペイン、そして海を渡ったアフリカ(特にアルジェリアやモロッコ)から、あらゆる人間が流れ着いた「吹き溜まり」だ。
ここは、ヨーロッパの「玄関」であり、同時に「裏口」でもある。
旧港(Vieux-Port)の周りは、観光客で賑わっている。
だが、一歩「パニエ地区」の路地裏に入れば、そこは迷宮(ラビリンス)だ。
アラブ系の男たちが水タバコをふかし、アフリカの女たちが強烈な色の布を売っている。
なぜ、この港が「無法地帯」と呼ばれるのか。
それは、あらゆる人種、あらゆる「事情」を持った人間たちが、お互いのルールで、ギリギリのバランスを取りながら生きている「坩堝(るつぼ)」だからだ。
綺麗事じゃ、ここでは一日も生きていけねえ。
3. 波止場の哲学 ~「本物」の背中~
今夜の哲学だ。
マルセイユが俺たちに教えるのは、「混沌(カオス)こそが、エネルギー」だということだ。
整然とした街は、美しい。だが、退屈だ。
ここは「汚い」。だが、とんでもなく「生きている」。
あらゆるものが混じり合い、ぶつかり合い、爆発するようなエネルギーを生んでいる。
この港が「本物」だって証拠に、最高の「ギャング映画」の舞台になってきた。
俺が愛したアラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドが、あの時代の「粋」を競った『ボルサリーノ』。
そして、アメリカの刑事ジーン・ハックマンが、この街の「麻薬王(フレンチ・コネクション)」を追い詰めた、あのザラザラした傑作。
今も、この港のどこかで、「本物」の『フレンチ・コネクション』が動いているかもしれねえ。
俺が旧港のカフェで会った、シワだらけの顔をした元・船乗りの老人は、こう言っていた。
「なあ、ムッシュ。この街ではな、魚と、人間と、噂話は、新鮮なうちが『危険』なんだぜ」
…痺(しび)れるじゃねえか。
4. 船乗りの酒場 ~ロマンの寄港地~
さあ、今夜は「本物」のマルセイユに浸ろう。
<この港で観たい映画>
もちろん、『フレンチ・コネクション』(1971年)か『ボルサリーノ』(1970年)だ。あの時代の「男」のカッコよさと、この港の「危険な色気」が、これでもかと詰まっている。
<この港で聴きたい曲>
ジプシー・キングスのような情熱的なギターもいい。
だが、俺は、映画『ボルサリーノ』の、どこかコミカルで、粋な「サウンドトラック」を聴きながら、あの二人のように、白いスーツで波止場を歩きたい。
<今夜の夜食>
観光客向けの店じゃない。船乗りたちが集まる、波止場の汚ねえ食堂で食う「ブイヤベース」だ。
魚介をごった煮にした、漁師メシ。サフランの香りがたまらない。
そして、酒は「パスティス」。南仏の男たちが愛する、アニス(薬草)の酒だ。水を入れると白濁する。あの「アブサン」の親戚みたいなもんだな。
どうだ? 地中海の「熱」に、やられちまったか?
この「混沌(カオス)」を生き抜くタフさこそが、男の「色気」になる。
さて、危険な港も、たまらなく魅力的だ。
だが、次は、太平洋を越えて、あの「霧の港」に行こう。
危険さとは違う、もっと「ロマンチック」で「自由」な風が吹く場所だ。
(第4回「霧とジャズの坂道(サンフランシスコ)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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