おう、待たせたな!
いよいよだ。新しい船の「処女航海(マドロス・ヴォヤージ)」だ。
「裕次郎と巡る世界の港」、記念すべき第一夜。
この船が最初に向かう港は、俺が「出航」という言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべる場所だ。
🚢 第1回:出航のブルース
~神戸、哀しみを知るロマン~
1. 入港 ~今夜の汽笛は、何を語る~
六甲の山並みが、ゆっくりと夜の闇に溶けていく。
船のデッキで浴びる潮風が、ほんの少しだけ生ぬるい。
目の前に広がる光は、まるで撒き散らされた宝石だ。
神戸。
この港には、他のどの港にもない、独特の「色気」がある。
日本の港でありながら、どこか異国の風が吹いている。
それは、古くからこの港が「外」に向かって開かれ、あらゆるものを受け入れてきた「懐の深さ」の証だ。
メリケンパークの灯り、ポートタワーの赤いシルエット。
俺の相棒(ヨット)も、この港で何度ドック入りしたことか。
ここは、俺にとって「旅立ち」の場所であり、同時に「ただいま」と言いたくなる、特別な港なんだ。
今夜、あの波止場では、どんなブルースが流れているんだろうな。
2. 錨を下ろして ~その港が背負うドラマ~
神戸は、日本初の「開港」地の一つだ。
山が海に迫る「天然の良港」。
だから、昔から多くの船乗りたちが、ここを拠点に世界へ漕ぎ出していった。
坂道を登れば、異人館(旧居留地)が立ち並び、まるでヨーロッパの街角に迷い込んだような気分になる。
だがな、この港のドラマは、そんな「ハイカラ」な歴史だけじゃない。
俺たちの記憶に、まだ生々しく残っている。…あの「震災」だ。
1995年1月17日。
この美しい港は、一瞬にして、叩きのめされた。
日本中が、世界中が、息をのんだ。
だが、神戸は死ななかった。
瓦礫の中から、歯を食いしばって立ち上がった。
港で働く男たちが、泥だらけになって、船が着ける岸壁を「手」で直していったんだ。
この港は、「本当の哀しみ」を知っている。
そして、それを乗り越える「本当の強さ」を持っている港なんだ。
3. 波止場の哲学 ~「本物」の背中~
今夜の「知性の交差点」だ。この港が俺たちに教えてくれる哲学。
それは「哀しみを知るがゆえの、本当の強さ」だ。
一度すべてを失った場所は、もう何も怖くない。
そして、失った痛みがわかるからこそ、外から来るもの(人、文化、船)に対して、どこまでも「優しく」、そして「オープン」になれる。
俺は、三宮のガード下にある、小さなジャズ喫茶のマスターを思い出す。
店は震災で潰れた。だが、男は、瓦礫の中からレコードだけを掘り出し、バラックの店で再びコーヒーを淹れ始めた。
「なんでかって? 決まってるじゃないか。船乗りたちが、帰ってくる『灯り』がないと困るだろ」
そう言って笑った、あの皺だらけの顔。あれが「本物」だ。
この港の「強さ」とは、筋肉隆々のそれじゃない。
すべてを受け入れ、許し、そして新しいもの(ジャズや映画、ファッション)を自分のものとして楽しんでしまう「しなやかさ」。
それこそが、神戸の「哲学」であり、ロマンの正体だ。
4. 船乗りの酒場 ~ロマンの寄港地~
さあ、理屈はここまでだ。今夜は神戸の夜にどっぷり浸かろう。
<この港で聴きたい曲>
決まってる。「ジャズ」だ。
神戸は、日本のジャズ発祥の地。北野あたりの坂道には、今も夜毎、クールなサックスの音が響いている。
しっとりとしたバラードより、今夜は「立ち上がる力」を感じる、熱いスウィング・ジャズがいい。
<この港で観たい映画>
特定の映画じゃないな。むしろ、アラン・ドロンやジャン=ポール・ベルモンドが主演した、「フランス映画」の空気だ。
トレンチコートの襟を立てて、波止場に立つ男。そんな「粋」な振る舞いが、この港は不思議と似合う。
<今夜の夜食>
神戸ビーフのステーキもいい。だが、俺たち船乗りが夜中に食いたいのは、もっと「タフ」なメシだ。
長田の「そばめし」か「ぼっかけ(牛すじの煮込み)」。あるいは、バーのカウンターで、静かに「ウイスキー(六甲の水割り)」を一杯。
どうだ? 「出航のブルース」、あんたの心にも響いたか?
哀しみを知る港は、人を優しくする。
さて、体を温めたら、次だ。
ロマンチックな港もいいが、次はもっと「北」へ行こう。
潮の匂いが、もっと生臭く、男たちの「生き様」がむき出しになっている港だ。
(第2回「北の挽歌(函館)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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