おう、待たせたな。
フェリーで海を渡る準備はいいか?
九州の国東で「静寂」を知ったあんたが、次に向かうのは「動」の世界だ。
国道九四フェリーで、大分(佐賀関)から愛媛(三崎)へ。
そこから、四国の海岸線をひたすら走り抜ける。
高知に入れば、海の色が変わるぞ。濃い藍色、インディゴブルーだ。
これが「黒潮」だ。
「黒潮と巡る魂のロードトリップ」、第三夜。
風の岬、室戸へ行くぜ。
第3回:太平洋の突端で風になる
~高知・室戸、空と海だけの悟り~
1. 秘境への道(アプローチ)
高知市内から、国道55号線をひたすら東へ。
右側はずっと太平洋だ。
信号も少ない、真っ直ぐな海岸線。アクセルを踏む足にも力が入るだろう。
だが、室戸岬(むろとみさき)は遠い。
走っても走っても、なかなか着かない。その「焦らし」こそが、この岬への演出だ。
2月の高知は、南国とはいえ風が冷たい。
だが、窓を少し開けてみろ。
潮の匂いが、他の海とは違う。荒々しくて、野太い匂いがするはずだ。
岬の突端に近づくと、奇妙な形の岩(タービダイト層)がゴロゴロと並び始め、木々が強風で斜めにひしゃげている。
ここは、風の通り道なんだ。
2. 風景の独白(モノローグ)
車を降りて、岬の先端に立つ。
目の前には、何もねえ。
ただ、どこまでも続く水平線と、岩に砕け散る白い波。
地球が「丸い」ってことが、理屈じゃなく肌でわかる。
ここには、有名な洞窟がある。
「御厨人窟(みくろど)」。
あの弘法大師(空海)が、若き日に修行をし、悟りを開いた場所だ。
洞窟の中から外を見てみろ。
切り取られた景色には、「空」と「海」しか映らない。
だから彼は、自分の名を「空海」としたと言われている。
余計な情報は一切ない。
あるのは、圧倒的な自然のエネルギーだけ。
ここに立つと、自分の悩みなんて、あの波飛沫(なみしぶき)の一粒よりも小さいことに気づかされるぜ。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
室戸の哲学は、「空っぽになる強さ」だ。
現代人は、情報を詰め込みすぎだ。スマホを見れば、誰かの声、誰かの評価が目に入ってくる。
だが、この岬には「黒潮」という巨大なエネルギーと、「空と海」しかない。
空海は、ここで自分を「空っぽ」にしたからこそ、宇宙の真理を受け取れた。
旅も同じだ。
日常の肩書きや、仕事の心配事を、この強風で全部吹き飛ばせ。
自分の中身を空っぽにして、ただ「黒潮」のエネルギーだけを充填(チャージ)する。
それが、明日からまた走るための、一番の燃料になる。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<今夜のメシ>
高知まで来たんだ。「カツオのたたき」を食わずには帰れねえ。
だが、スーパーのパックとは訳が違うぞ。「塩タタキ」だ。
藁(わら)で焼いたばかりの、まだ温かいカツオの分厚い切り身に、粗塩とニンニクのスライスを乗せて、豪快に食らう。
口の中に広がる藁の香ばしさと、濃厚な血の味。…野蛮だ。だが、最高にウマい。これが「黒潮」の味だ。
室戸名物の「キンメ丼(金目鯛)」も、冬は脂が乗ってて捨てがたいな。
<今夜の宿>
室戸岬の近くには、朝日を見るための宿がいくつかある。
冬の晴れた朝には、水平線から太陽が「だるま」のように歪んで昇る「だるま朝日」が見られるかもしれん。
早起きして、太平洋から昇る太陽を拝めば、新しい自分が始まる気がするはずだ。
どうだ?
風になって、心は空っぽにできたか?
エネルギーは満タンだ。
次は、四国の山を越えるか、あるいは海沿いに徳島へ抜けるか。
いずれにせよ、次は海を離れ、深い「山」と「伝説」の中へ分け入っていくぞ。
平家の落人たちが隠れ住んだ、あの谷へ。
(第一部 第4回「平家落人の伝説(徳島・祖谷渓)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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