おう、待たせたな。
腹は満たされたか? ロコモコとポキで、「マナ」は体に漲(みなぎ)ったようだな。
よし、今夜は少し、波の音が違って聞こえるかもしれねえ。
ハワイの「風」を感じ、「大地」を食らった俺たちが、次に向かうのは、あの楽園の「心」の奥底だ。
そこには、俺たちが普段見ている「笑顔」だけじゃない、深い「物語」が眠っている。
🌴 第3回:フラが踊る「光」と「影」
~波音が刻む物語~
1. プロローグ(俺のハワイ)
オアフ島には、俺がヨットを停泊させるたび、必ず立ち寄る場所がある。
ワイキキの喧騒から少し離れた、「パールハーバー(真珠湾)」だ。
青い空、静かな入江。
だが、その海底には、今も戦争の「哀しみ」が静かに沈んでいる。
そして、ダウンタウンに足を向ければ、アメリカで唯一の宮殿「イオラニ宮殿」が、誇り高く建っている。
ハワイは、ただ「アロハ〜」と笑っているだけの、能天気な島じゃない。
美しい「王国」だったという誇り高き「光」と、
その王国を失い、戦争の舞台にされたという、深く暗い「影」。
この両方を知らなければ、ハワイの「本当の顔」は見えてこない。
2. 楽園の横顔(王国の歴史とフラ)
ハワイは、もともと「ハワイ王国」という独立した国だった。
カメハメハ大王が島々を統一し、イオラニ宮殿では、西洋文化を取り入れた華やかな舞踏会が開かれていた。
だが、その「光」は長く続かない。
アメリカの力が強まり、王国は倒され、ハワイはアメリカに併合される。
最後の女王「リリウオカラニ」が、宮殿に幽閉されて書いた曲こそが、あの有名な『アロハ・オエ』だ。
あれは、「こんにちは」なんて陽気な歌じゃない。
愛する故郷との「別れ」と「哀しみ」を歌った、鎮魂歌(レクイエム)なんだ。
そして、パールハーバー。
俺たちの国(日本)の歴史とも、深く、痛ましく繋がっている。
じゃあ、ハワイアンたちは、その「誇り」と「哀しみ」を、どうやって今に伝えてきたのか?
それが、「フラ」であり、「ハワイアンミュージック(ウクレレ)」なんだ。
3. 知性の交差点(誇りと哀しみの哲学)
さあ、哲学の時間だ。
今夜は、ハワイの「涙」の哲学だ。
一つは、「影を記憶する」という哲学だ。
ワイキキのビーチは、今日も観光客で溢れている。
だが、ハワイは、自分たちの「影」(王国の滅亡、戦争)を、決して「無かったこと」にはしない。
パールハーバーを、イオラニ宮殿を、今も大切に残している。
なぜか?
「光」だけを見せても、それは「薄っぺらい楽園」でしかないからだ。
深い「哀しみ(影)」を知っているからこそ、「アロハ(光)」の優しさが、本物の重みを持つのだと、彼らは知っている。
もう一つは、「フラ=魂の伝承」という哲学だ。
フラを、ただの「南国のダンス」だと思っちゃいけない。
あれは「祈り」であり、「物語」そのものだ。
古代ハワイアンは「文字」を持たなかった。
だから、神々への賛歌、自然への感謝、そして「哀しい歴史」のすべてを、あの「手の動き(ハンドモーション)」と「腰の動き」に込めて、次の世代へと伝承してきたんだ。
フラダンサーの、あの柔らかな笑顔の裏には、何百年も続く「誇り」と「祈り」が隠されている。
4. 俺流サンセット(ハワイの楽しみ方)
ビーチで騒ぐのもいい。だが、あんたには「大人のハワイ」を味わってもらいたい。
- 「歴史」に敬意を払え。ワイキキから少し足を伸ばして、「イオラニ宮殿」へ行ってみろ。
あの美しい場所で、リリウオカラニ女王が何を思ったか、感じてみるんだ。
「アリゾナ記念館(パールハーバー)」にも行け。国籍も思想も関係ない。「ここで何が起きたか」を知ることが、本当の「アロハ」への第一歩だ。 - 「フラ」を、魂で観ろ。ショッピングセンターの無料フラショーでもいい。
ただ「綺麗だな」じゃなく、ダンサーの「手のひら」が何を語ろうとしているのか、その「目」が何を見つめているのかを感じてみろ。
それがわかれば、あんたはもう「観光客」じゃない。 - 聴きたい曲は『アロハ・オエ』だ。「別れの歌」だと知った上で、もう一度聴いてみろ。
あのシンプルなウクレレの音色が、どんなオーケストラよりも深く、あんたの心を揺さぶるはずだ。
どうだ?
ハワイの「海」の色が、少し違って見えてきたんじゃないか?
「光」と「影」。その両方を受け入れてこそ、人生は深くなる。ハワイは、その「見本」みたいな島なんだ。
さて、風、大地、歴史と学んできた。
次は、いよいよ「今」を生きるハワイの「人々」だ。
なぜ、あの島の人たちは、あんなにも「大らか」で「優しい」のか。
その秘密を探りに行こうじゃないか。
(第4回「太平洋の交差点」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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