おう、よく来たな。
伊根の静かな海で心を洗った後は、鳥取へ入る。
だが、ここは甘くない。
日本一危険な国宝。
断崖絶壁にへばりつく、謎の堂を拝みに行く。
ただし…2月の鳥取だ。山が俺たちを受け入れてくれるか、それとも拒絶するか。
それも含めて「修行」だ。
第二部「神話と静寂の山陰ロードトリップ」、第2回。
🚙 第2回:断崖の国宝、命がけの参拝
~鳥取・三徳山(みとくさん)投入堂、雪の結界を見上げる~
1. 秘境への道(アプローチ)
伊根を出て、国道178号から山陰近畿自動車道、そして国道9号へ。
兵庫県の城崎(きのさき)や余部(あまるべ)鉄橋を越え、鳥取砂丘の風紋を横目に、さらに西へ。
倉吉(くらよし)の街から内陸へハンドルを切ると、景色は一変する。
三徳山(みとくさん)。
ここは、古くからの「修験道(しゅげんどう)」の山だ。
道の両脇には、まだ雪が深く残っているだろう。
車を走らせるにつれ、空気がピーンと張り詰め、俗世間の雑音が消えていく。
三徳山三佛寺(さんぶつじ)の門前。
ここが、日本一過酷な参拝の入り口だ。
2. 風景の独白(モノローグ)
参道の奥、遥か頭上の断崖絶壁を見上げてみろ。
垂直に切り立った岩のくぼみに、ありえないバランスで建物が埋め込まれている。
「投入堂(なげいれどう)」。
国宝だ。
だが、どうやって建てたのか、未だに解明されていない。
伝説じゃ、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が、法力で建物を手のひらサイズに小さくし、「えいっ!」と岩肌に投げ入れたと言われている。
荒唐無稽な話だが、現物を見ると「そうとしか思えねえ」説得力がある。
【裕次郎の冬の警告】
本来なら、鎖(くさり)を伝ってよじ登る「日本一危険な参拝」ができる場所だが、冬(12月〜3月頃)は、積雪と滑落の危険があるため、入山禁止(登山道閉鎖)になることがほとんどだ。
「なんだ、登れねえのか」とガッカリするな。
麓(ふもと)にある「遥拝所(ようはいじょ)」から、望遠鏡でその姿を見るんだ。
雪化粧をした断崖と、朱塗りの投入堂。
そのコントラストは、登って見るよりも神々しく、厳しい。
「今は、人間が来る場所じゃねえ」
山がそう言っているような、圧倒的な「拒絶」と「美」を感じるはずだ。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
ここの哲学は、「畏敬(いけい)の念」だ。
現代人は、金さえ払えばどこへでも行けると思っている。
だが、自然はそんなに甘くない。
雪が降れば、道は閉ざされる。危険なら、拒絶される。
ここに来て、もし登れなかったとしても、それは「運が悪かった」んじゃない。
「今は、下から拝め」という、山からのメッセージだ。
自分の足で登り、征服することだけが参拝じゃない。
圧倒的な自然の厳しさを前に、ただ頭を垂れ、下から手を合わせる。
「登らせない」という厳しさを受け入れることこそが、本当の「信仰」であり、自然への「リスペクト」だ。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<今夜のメシ>
冬の鳥取に来て、これを食わずに帰れるか?「松葉ガニ(ズワイガニ)」だ。日本海の冬の味覚の王様だ。
タグ付きの高級品じゃなくてもいい。地元のスーパーや魚屋で、足が一本取れたような「訳あり」を買って、車内で茹でるか、鍋にする。
甘みが違う。濃厚な味噌が、冷えた体に染み渡るぜ。
<今夜の宿>
三徳山のすぐ足元にある、「三朝(みささ)温泉」だ。世界有数のラジウム含有量を誇る名湯だ。
「三たび朝を迎えると、病が消える」と言われるほどの湯治場。
川沿いにある名物「河原風呂」(混浴露天)は、開放感が凄すぎて勇気がいるが、内湯でじっくり温まればいい。細胞の一つ一つが、ラジウムの熱で目覚める感覚だ。
どうだ?
雪の結界に阻まれるのも、また「冬の旅」の醍醐味だ。
カニと温泉で精力をつけたら、次は島根県へ入るぞ。
神無月(かんなづき)に、八百万(やおよろず)の神様たちが上陸する浜辺。
目に見えない「ご縁」を感じに行く。
(第二部 第3回「神々が上陸する浜(島根・出雲)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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