おう、待たせたな。
温泉津(ゆのつ)の激熱の湯で、魂まで洗濯できたか?
だが、旅はまだ終わっちゃいねえ。
俺たちのロードトリップは、いよいよ本州の西の果て、山口県へと突入する。
ここは、かつて「日本」という国をひっくり返した、熱い男たちが育った場所だ。
そして、その先には、日本海のイメージを根底から覆す、奇跡のような「青」が待っている。
第二部「神話と静寂の山陰ロードトリップ」、第5回。
歴史の重みと、突き抜けるような絶景。
そのコントラストに酔いしれようじゃないか。
🚙 第5回:維新の風、青い海
~山口・萩(はぎ)&角島(つのしま)、革命の城下町とコバルトブルーの橋~
1. 秘境への道(アプローチ)
島根を抜け、国道191号線をひたすら西へ。
この道は、左手に山、右手に日本海を見ながら走る、最高のドライブコースだ。
信号も少ない。
エンジンの鼓動を感じながら流していると、やがて古い白壁の町並みが見えてくる。
「萩(はぎ)」だ。
車を降りて、城下町を歩いてみろ。
「夏みかん」が揺れる土塀(どべい)の小道。
江戸時代の地図がそのまま使えると言われるほど、昔の区割りが残っている。
ただ古いだけじゃない。
ここには、何かこう、腹の底から湧き上がるような「熱気」の残り香があるんだ。
2. 風景の独白(モノローグ)
まずは「松下村塾(しょうかそんじゅく)」へ行け。
ただの小さなボロ小屋だ。
だが、ここで吉田松陰という一人の男が、高杉晋作や伊藤博文といった若者たちに「狂気」に近い情熱を説いた。
「今のままじゃ、日本はダメになる。お前たちが変えるんだ」と。
この小さな部屋から、明治維新という巨大な革命が始まった。
8畳一間の空間に、日本を変えるエネルギーが圧縮されていたんだ。
そして、歴史の熱気に触れた後は、風に当たりに行こう。
さらに西へ走り、下関市の北端へ。
海の色が、急に変わる。
鉛色の日本海が、突然、南国のようなエメラルドグリーンに輝き出す。
「角島大橋(つのしまおおはし)」。
海をまたいで一直線に伸びる、全長1780メートルの橋。
車の窓を全開にして、海の上を滑るように走る。
「ここが日本海か?」と疑うほどの開放感だ。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
ここの哲学は、「常識を疑い、壁を壊す力」だ。
萩の若者たちは、「幕府に従うのが当たり前」という常識を疑い、命がけで新しい時代を切り拓いた。
松陰は言った。「狂(きょう)愚(ぐ)まこと愛すべし(狂ったような情熱こそが尊い)」と。
誰かが「無理だ」「バカだ」と笑うような情熱こそが、世界を変える。
そして、角島の海もまた、俺たちの常識を壊してくれる。
「冬の日本海は暗い」なんて決めつけるな。
こんなにも美しい「青」がある。
歴史も、景色も、自分の目で見て、肌で感じるまではわからない。
「思い込み」という壁を壊した時、目の前には想像以上の絶景が広がっているんだ。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<今夜のメシ>
山口に来たら、「瓦(かわら)そば」だ。熱々に焼いた本物の「日本瓦」の上に、茶そば、錦糸卵、牛肉を乗せた豪快な料理だ。
瓦の熱で、そばの下の方が「パリパリ」に焦げる。それを、温かいツユにつけて食う。
西南戦争の時、兵士たちが瓦で肉を焼いて食ったのがルーツだとか。野戦料理のワイルドさと、茶そばの香りがたまらねえ。
財布に余裕があれば、「ふく(フグ)」の刺身もいいが、旅の途中なら瓦そばが最高だ。
<今夜の宿>
萩には、素晴らしい旅館が多いが、ロードトリップなら、角島大橋に近い「道の駅 北浦街道 豊北(ほうほく)」あたりで、海を見ながら休憩するのもいい。
あるいは、少し足を伸ばして、長門湯本(ながとゆもと)温泉の「恩湯(おんとう)」へ。リニューアルされて洗練されたが、その歴史は深い。
神授の湯に浸かり、明日の「ゴール」への英気を養え。
どうだ?
革命の風と、絶景の海。
頭の中の「日本地図」が、鮮やかに書き換えられたはずだ。
さあ、次はいよいよ最終回だ。
本州の端、下関。
そして海峡を渡り、懐かしき九州・糸島へ。
長い長い「円環(ループ)」が、ついに閉じる時が来る。
(第二部 第6回「海峡を越えて、円環は閉じる(福岡・門司港~糸島)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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