おう、待たせたな。
奥大井のヌルヌルの温泉で、旅の疲れは抜けたか?
だが、骨休みはそこまでだ。
ハンドルを南へ切れ。
俺たちの「黒潮ロード」も、いよいよクライマックスが近い。
静岡の山奥から、今度は伊豆半島を南へ、南へ。
リゾートホテルが並ぶ熱海や伊東の賑やかさを通り過ぎ、さらに奥へ。
そこにあるのは、チャラチャラした観光地じゃねえ。
断崖絶壁と、荒れ狂う太平洋、そして風に耐えて生きる植物たち。
「黒潮と巡る魂のロードトリップ」、第九夜。
本州から突き出した「最果て」の岬、石廊崎(いろうざき)だ。
第9回:伊豆の最南端
~静岡・石廊崎(いろうざき)、断崖に吹く終わりの風~
1. 秘境への道(アプローチ)
静岡の山を下り、伊豆半島の東海岸(国道135号)か、あるいは山越え(天城越え)で南下する。
「伊豆なんて、観光地だろ?」と侮るなよ。
下田(しもだ)を過ぎ、さらに南伊豆町へ入ると、景色が一変する。
コンビニも減り、ヤシの木が風に揺れ、独特の「寂寥感(せきりょうかん)」が漂い始める。
くねくねとした海岸線を走り抜け、道路の行き止まりにある駐車場へ。
そこからは徒歩だ。
強い海風を受けながら、坂道を登っていく。
2月の伊豆は、早い春の訪れで「河津桜」や「菜の花」が咲いているかもしれんが、岬の先端へ行けば、そんな甘い空気は吹き飛ぶぜ。
2. 風景の独白(モノローグ)
見ろ、この絶景を。
「石廊崎(いろうざき)灯台」のさらに先。
高さ100メートルの断崖絶壁が、海に垂直に落ち込んでいる。
岩肌に打ち付ける波は白く砕け、東映映画のオープニングみてえな迫力だ。
そして、崖のギリギリのところにへばりつくように建っているのが「石室神社(いろうじんじゃ)」だ。
岩の窪みの中に社殿がある。床の一部はガラス張りで、下の海が丸見えだ。
「なんでこんな所に建てたんだ?」と思うだろう。
それだけ、昔の船乗りたちにとって、この岬の難所を超えることが「命がけ」だった証拠だ。
さらに西へ少し車を走らせれば、「ユウスゲ公園」がある。
何もない丘だ。
夕暮れ時、ここに立ってみろ。
視界の全てが水平線。
「ああ、本州はここで終わりなんだ」という実感が、胸に迫ってくる。
地球がデカすぎて、少し怖いくらいだ。
3. 土地の哲学(フィロソフィー)
ここの哲学は、「境界線での決別」だ。
半島(ペニンシュラ)の先端ってのは、行き止まりだ。
これ以上、先へは進めない。
ここに来たら、人は立ち止まり、来た道を振り返るか、海の向こうを想うしかない。
旅の終わりが近いことを、ここで予感するだろう。
旅立つ前の自分と、今の自分。
糸島の荒波を見ていた頃の自分とは、もう何かが違っているはずだ。
風に吹かれながら、自分の中の「いらないもの」を、この断崖から海へ捨ててしまえ。
ここは、過去と決別し、新しい明日を迎えるための「最果て」なんだ。
4. 旅人の休息(メシと宿)
<今夜のメシ>
伊豆に来たら、「金目鯛(キンメダイ)」だ。特に下田や南伊豆は、水揚げ量日本一を誇るキンメの聖地だ。
真っ赤な魚体。甘辛く煮付けた「金目鯛の煮付け」は、白い飯が何杯でも食える。
あるいは、脂の乗った刺身を「しゃぶしゃぶ」にするのも贅沢だ。この旅の総仕上げにふさわしい、赤い宝石だぜ。
<今夜の宿>
南伊豆には、素朴な民宿から、絶景のホテルまで揃っている。俺のオススメは、「弓ヶ浜(ゆみがはま)」周辺の宿だ。
日本の渚百選にも選ばれた、美しい弧を描く砂浜。波の音を聞きながら、キンメをつつき、地酒を飲む。
明日は、いよいよこの旅のゴール、富士山だ。最後の夜を、噛み締めるように過ごせよ。
どうだ?
最果ての風、感じたか?
だが、まだ終わりじゃねえ。
最後にして最大の「主役」が残っている。
伊豆半島の西海岸を北上し、駿河湾越しに見る「日本一の山」。
次回、感動のフィナーレだ。
ハンカチの用意はいいか?
(第一部 第10回「富士を望む湿原(静岡・朝霧高原)」へ続く)
九州・糸島に住む昭和77年8月21日生まれの青年。セネカや老子、石原裕次郎さんを愛好。


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